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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)732号 判決

控訴人(第一審被告) 株式会社 協和銀行

右代表者代表取締役 色部義明

右訴訟代理人弁護士 島谷六郎

同 山本晃夫

同 高井章吾

同 杉野翔子

同 藤林律夫

被控訴人(第一審原告) 株式会社 東洋楽器

右代表者代表取締役 栗原豊

右訴訟代理人弁護士 大政満

同 石川幸佑

同 大政徹太郎

主文

被控訴人の当審における請求を棄却する。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

事実

一  被控訴代理人は、当審における請求として「控訴人は被控訴人に対し金三〇万一〇〇〇円を支払え。」との判決を求め、次のとおり述べた。

(一)(1)  被控訴人は昭和四四年五月初旬頃訴外飛鳥貿易株式会社(以下「訴外会社」と略称する。)に対し楽器類を代金三〇万一〇〇〇円で売渡した。

(2)  訴外会社は、被控訴人に対する右売買代金支払のため、同月一五日控訴人に対しオーストラリヤ商業銀行発行の信用状に基づき三八二ポンド一シリング八ペンスの輸出荷為替手形(以下「本件手形」という。)の買取又は取立方を委託すると同時に本件手形の買取金又は取立金のうち金三〇万一〇〇〇円を被控訴人の取引銀行である訴外大和銀行綿糸町支店の被控訴人名義の当座預金口座に振込むよう委託し、控訴人はこれを承諾した。

(3)  その後、控訴人は、右委託に基づき同年七月二日本件手形の取立を完了したが、約旨に反し、前記振込を履行しない。

(4)  訴外会社は、同年六、七月頃倒産し、現在無資力である。

(5)  よって、被控訴人は、民法第四二三条により訴外会社に代位して、昭和四九年一一月二〇日の口頭弁論期日において、前記委託契約を解除し、前記取立金のうち金三〇万一〇〇〇円の支払を求める。

(二)  控訴人の相殺の主張は次に述べるとおり権利の濫用として許されない。すなわち、

(1)  輸出円貨代金振込依頼の制度は、輸出商品の生産業者らにその販売代金の支払を当該売渡商品の輸出荷為替の取立金のうちから受けしめることとして右の販売代金支払の確実性を担保し、これにより反面訴外会社のような資力の乏しい弱小輸出業者が生産業者らより輸出商品を入手することを容易ならしめる機能を果しているものである。

(2)  従って、被控訴人は、訴外会社より甲第一号証の振込依頼書の交付を受けて、販売代金の支払を確実に受けられるものと信じていたのであり、訴外会社もそのために右の依頼書を被控訴人に交付したのであって、他方、控訴人においても前記振込依頼の制度の目的、機能を熟知のうえその振込依頼を承諾しているのである。

(3)  しかるに、訴外会社がたまたま倒産したからといって、控訴人において、相殺を主張しこれにより自己の債権の優先的回収を図るのは権利を濫用するものといわなければならない。

二  控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり述べた。

(一)  被控訴人の主張(一)の(1)は不知、同(3)のうち控訴人が昭和四四年七月二日本件手形の取立を完了したことは認め、その余の被控訴人の主張(一)は争う。

控訴人の主張は、原判決三枚目裏三行目から同四枚目裏九行目までに記載のとおりである。

(二)  右控訴人の主張の項において述べたとおり、控訴人は被控訴人主張の輸出荷為替手形の取立金債権をもって控訴人が訴外会社に対して有する債権と対当額で相殺したから、もはや被控訴人の主張するような控訴人が訴外会社に交付すべき取立金は存在しない。

(三)  被控訴人の権利濫用の主張は争う。

三  控訴代理人は、証拠として、当審証人荒井真一、同髙原均の各証言を援用したほかは、原判決事実欄第三に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五枚目表五行目に「その他の乙号各証の成立は不知」とある次に「(乙第二ないし第六号証の各一については原本の存在は認める。)」を加え、同八行目に「各一、二」とある次に「(第二ないし第六号証の各一は写し)」を加える。)。

理由

《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被控訴人は、昭和四四年五月一〇日頃訴外会社から輸出向の楽器類買付の申入れを受け、その信用状態に不安を感じてこれを断ったが、同月一七日頃訴外会社から控訴人の承諾のある後記輸出円貨代金振込依頼書(甲第一号証)を提示され、再度右楽器類の売渡方を懇請されたので、右依頼書を信頼し、代金の支払は確実であると信じて、訴外会社に対し右楽器類を代金三〇万一〇〇〇円で売渡す旨合意し、同月二六日頃その引渡しを了したこと、訴外会社は、同月一五日控訴人に対し、将来オーストラリヤ商業銀行発行の信用状に基づく本件手形の買取又は取立を依頼する予定であるので、その買取又は取立の節はその円貨代金のうち金三〇万一〇〇〇円を訴外大和銀行綿糸町支店の被控訴人名義の当座預金口座に振込むよう依頼し、控訴人はこれを承諾して、前記依頼書(甲第一号証)が作成されたこと、控訴人は、同年六月二日訴外会社より本件手形の取立の委任を受けてその手続をとり、同年七月二日その取立を完了したこと(右の取立を完了したことは当事者間に争いがない。)、右取立金の額は右同日の為替相場により円貨に換算して金三五万三一六七円となったこと、訴外会社は、同年六月五日東京手形交換所により取引停止処分を受けて倒産し、現在無資力であること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そして、被控訴人が昭和四九年一一月二〇日の当審における口頭弁論期日において、前記甲第一号証に基づく振込依頼契約を訴外会社に代位して解除する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。

右によれば、被控訴人は、民法第四二三条により訴外会社に代位して控訴人に対し前記取立金のうち金三〇万一〇〇〇円の支払を求めうるものというべきである。

二 そこで、控訴人の主張する相殺の抗弁について判断する。

《証拠省略》によると、控訴人は訴外会社に対し原判決添付別紙自働債権目録記載の各債権を有し、他方、本件手形の取立金を含む原判決添付別紙受働債権目録記載の各債務を負担していたこと、控訴人と訴外会社との銀行取引契約においては、訴外会社が手形交換所の取引停止処分を受けたときは、訴外会社は一切の債務について控訴人からの通知催告なくして当然期限の利益を失い、直ちに弁済する旨の約定が存したこと、訴外会社は前認定のとおり昭和四四年六月五日取引停止処分を受けたので、控訴人は同年七月二四日付け内容証明郵便で訴外会社に対し前記債権債務を対当額で相殺する旨の意思表示をし、右内容証明郵便は同月二六日訴外会社に到達したこと、右相殺が許されるならば、本件手形の取立金の請求権は右相殺により消滅すること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被控訴人は、控訴人のした右相殺は権利の濫用である旨主張するので検討するに、なるほど《証拠省略》を総合すると、被控訴人の主張(二)の(1)及び(2)の事実を認めることができ、被控訴人が訴外会社との取引に応じた経緯は前認定のとおりである。しかしながら、被控訴人の当審における請求は、民法第四二三条第一項の規定に基づき訴外会社に代位して被控訴人に直接支払を求めるものであるから、被控訴人は、訴外会社が原告になった場合と同様の地位を有するに至るものといわなければならない。したがって、被控訴人は、控訴人の相殺の抗弁に対し、訴外会社自身が主張することができる再抗弁事由を提出できるに過ぎず、訴外会社と関係のない、被控訴人の独自の事情に基づく事由を再抗弁として提出することは許されないものと解される。そこで、被控訴人の権利濫用の主張についてこの点を考えるに、前記認定の被控訴人の主張(二)の(1)及び(2)の事実は、控訴人の本件相殺の主張が被控訴人との関係において信義則に反することを認めうべき事情であるにとどまり、これをもって訴外会社との関係における信義則違反の事由とするに足りないものといわざるをえない。そうすると、前記説示に照らし、右認定の事実をもって控訴人の相殺の抗弁に対する再抗弁事由とすることはできないものというべきであり、結局被控訴人の主張する権利濫用の再抗弁はこれを採用することはできない。

以上のとおりであるから、控訴人の相殺の抗弁は結局理由があり、被控訴人の当審における請求は失当といわざるを得ない。

三 よって、被控訴人の当審における請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 糟谷忠男 相良朋紀)

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